前回の続きはこちら
では、続きです。
○
何かきっかけがあったわけではない。
始まりはそうだった。
明確な瞬間なんてものは存在せず、
ふと自分の気持ちに気づく。
いつからそんなことを思っていたのか知らない。
もしかするとその気持ち自体、はなからそこにあって
その気持ちに当てはまる言葉が見つからなかったから
気づいていなかっただけなのかもしれない。
多分きっと、
終わる頃もそんなものだった気がする。
大人になってから・前
先日、昔好きだった人の地元に行く機会があった。
高校生のころ好きだった人だ。
そして、初恋の人だ。
わざわざ遠いところまで行く必要なんて無かったのだけど
唐突に行ってみたくなってしまった。
実際に行ったことあるのは、自分が高校生の頃と、卒業してからの一回。
大して来たこともない場所だ。
それなのに
記憶の中では鮮明さを保ったまま、
当時の感情と一緒に頭の隅に置かれている。
今更彼の地元に行ったところで、彼に会えるなんて
そんなわけでもないのに。
自分だけの気持ち
気持ちの移り変わり
自分の受験が終わって、大学に入学してから少し経った頃。
久々に彼と連絡をとった。
受験が終わって一度会ったきり、連絡をすることが少しはありつつも
徐々にその数は減っていった。
元々こまめに連絡をするような人ではない。
会う機会が減れば、その分彼と接することも無くなっていく。
最後に彼の地元で会った時、不思議と辛い気持ちにはならなかった。
いつもなら、叶うことのない気持ちを持ち続けていることに
寂しさを覚えるものだったけれど
この日は違った。
これは片思いだ、でも彼のおかげで嬉しいことが沢山あった。
そんな風に、前向きな気持ちでいれた。
もしかすると
片思いの気持ちも、自分だけの気持ちとして
しまっておく決心がついていたのだと感じる。
会えない時間を寂しがることも少なくなった。
自分の生活が一変し、新しい大学生活に気持ちが移っていたのもあると思う。
そうやって気持ちが変化している中
久々に連絡をする機会があった。
新宿で会うことが決まった。
最後に会った時のこと
彼はここ数日家に帰ることなく、都内を転々とし過ごしているそうだ。
大学生になって少しはお金に余裕ができたからだと思う。
自由に過ごしていた。彼は相変わらず変わったことをしている。
新宿駅の東口で待ち合わせる。
まだ真ん中が島のようになっていたロータリーの頃。
「久しぶり」
最後にあってからあまり変わっておらず、安心した。
彼が先に大学生になって、自分は浪人期を経て学生になっている。
後追いで大学生になりこの時初めて、お互いが大学生の状態で会うことができた。
入学してから今までのこと、しているバイトのこと等々
世間話をしながら歩いた。
特にどこで遊ぶかなんて決めていなかったので、日帰りではいれるお風呂やカラオケに行った。
思えば一緒にお風呂に入ったことなんてこれまでなかった。
半分がネカフェのようになっているところへ行き、お風呂に入る。
(初めて彼の全裸を見てしまった)
高校生の頃の自分ならこれ以上なくそわそわしていたと思う。
好きな人と初めてお風呂に入るのだから、ビックイベントだ。
(正直刺激が強すぎるまである。)
それでもこの時は割と落ち着いていた。
あの頃みたいに、自分の気持ちが高ぶってしまうことはない。
そのことが、少しだけ寂しいなと思ってしまった。
○
そこからまた、色々な話をしながら歩く。
好きな人とか、付き合ってる人いるの?
なんとなく、聞いてみた。
聞いてみたくなってしまった。
「どう思う?」
その一言で、はぐらかされてしまった。
特に理由はない。けど、彼にはそういう人はいないのではないか。
そんなことを思った。
高校一年の頃から一緒にいるけれど、この人は誰かと付き合うような、そんな感じはあまりしない。
明確な答えは結局もらえず仕舞いだった。
けど、それでいいと、後になって思うようになった。
その終わりに
踏切
代々木、だっただろうか。
新宿の駅から少し離れた場所。
駅に向かって歩き出す途中、踏切に差し掛かった。
彼の隣を歩く。
でも話がうまく盛り上がらない。
目の前を過ぎる電車にじれったさを覚えながら
頭の中で、今口にできる話題を探した。
一年…二年ぶりだっただろうか。
高校時代のようにカラオケに行ってみたりもしたが、
当時の感情が蘇ることもなく
期待に裏切られたような気もした。
でも、
「ああ、やっと、吹っ切れたんだ。俺」
と、小さな喪失感を覚えると共に
重たいものが、肩から降りた気がした。
こんな風にして、四年以上の片思いに
終わりが訪れた。
踏切があがり、駅にむかって歩きだす。
ああ、もう大丈夫だ。
あんなにも好きだった彼は
もういない。
それ以降、僕は彼に会おうとすることを、やめた。
大人になってから・後
大学を卒業してから彼の地元にくるのは、先日が初めてだった。
高校時代の通学路を横目に、彼が帰っていった改札を、今、自分も抜ける。
高校から帰る時、いつもばいばいしていた場所だ。
ハイタッチしてばいばいするのが、決まりだったっけ。
彼に触れることができた、それだけでひどく嬉しかったのを覚えている。
改札まわりの景色は、あまり変わっていなくてよかった。
彼の地元駅は乗り換えを経ずに行くことができるが、少しばかり遠い。
大人になった僕にとって、大した距離でもなかったが
当時の僕からすれば、ちょっとした旅行くらいの距離感だったと思う。
30分ほどかけて、彼の地元駅に着く。
駅は工事していて、当時の様相とは異なっていた。
でも駅から見える大きなショッピングモールの景観や
彼と待ち合わせをした場所に、変わりはなかった。
少しだけ。
ほんの少しだけ、
泣きそうになった。
記憶にある景色と、今、目の前にある景色を重ねると
その時抱いていた気持ちまでもが思い出される。
なんでかな。
どうしてこんなに覚えているんだろ。
目の前の景色が、光景が
あの時の感情を思い起こさせるんだ。
昔聴いていた曲を聴いた時、
思わずなつかしさで感傷的な気持ちになることがあると思う。
あれと、似ている。
何か、強烈な感情があった時。
その時見ていたものや、聞いていた音、触れていたもの
それらの記憶に、その強烈な感情が結びつくらしい。
思わず、ため息が出る。
別に悲しくなんてない。
ただ、あんまりにもリアルに
いろんなことが思い出されるから
心が落ち着かない。
誕生日にくれたメンズ物のアクセサリー。
自分が「欲しいな…」と思わず口にしたお店も、ここにある。
まさか誕生日にくれるとは思わなかったな。
ピカチューの大きなぬいぐるみも、ここのゲーセンで取ってくれたっけ。
ああ、そうだ。この辺で、賑やかな催し物がやってたな。
そういや一回だけ、彼のおうちにも、遊びにいったな。
この辺…この辺で、母親からメールをもらったんだ。
「告白はしない方がいいんじゃないかな。今の関係を大事にした方がいいよ」
って。
〇
今でも、こんなに覚えているのだから
きっと忘れることなんてないのだろう。
今の自分を作り上げた
ルーツのようなものだ。
10代のころの恋愛に、ここまで影響され続けているのなんて
少し、馬鹿らしくも思える。
でも自分の生き方を決めてくれたのが、
決めるきっかけをくれたのが
彼だった。
お礼が言いたいな。
会いたい、とは思わないけれど。
きっと今日も、どこかで、彼は彼なりに生きている。
だから、自分も、自分の人生を生きればいいや。
あの日の思い出に縛られすぎず、自分の生を。
でもまたいつか、ここに戻ってこよう。
できれば、今の景色がこのまま
続いていますように。